苅尾山(臥龍山)考察

Outdoors in Hiroshima

苅尾(臥龍山)考察

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更新日 2008-06-15 | 作成日 2007-09-14

今何故、僕が臥龍山(苅尾)に拘るのか

僕はブナの森を仲間や家族と愛し、HPをご覧になっている皆さんに画像を通して、紹介させて頂きました。皆さんもお気づきのように、キャンプやトレッキングのページに行っても「臥龍山」(苅尾)の事ばかりを書いていますよね。
この山しか知らないのかとお思いの方も多いと思います。実は県内ある程度の山には登っていますが、やはり僕の中では「臥龍(苅尾)に戻ってしまった」のが結論なのです。
では、何故この山を追求するのでしょう。・・・それは樹齢200年を越す巨大なブナ林があるからです。

臥龍山(苅尾)は、僕が少年の頃(昭和40年前半の頃)南斜面(橋山地区方向)が林業政策により造林され続け、針葉樹の森となってしまいました。その為、現在存在する8合目まで行くことの出来る道路(その後舗装)が八幡側に付いたのでした。

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その造林事業が自然保護の声をうけ、行政の英断により中止され、現在の北斜面(八幡側)の広葉樹林が守られたのでした。
人間の手により伐採され、皮肉にもその手で保護されたブナ林なのです。山の歴史と同時に人間の歴史も語ってくれているのです。

4つの名前を持つ不可解な山・・・
KARYU ? , KARIO ? ,or GARYU ?

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PROFILEのページでも述べているように僕のお袋は八幡出身です。お袋は”KARYU”と発音します。八幡の方々はやはり、ほとんど”KARYU”と発音しているように聞こえます。お袋に「もう一度ゆっくり言ってみて」というと、今度はKARIOって聞こえます。地元ではどちらも「苅尾」を意味しているよです。早口だと確かにKARYU、ゆっくりだとKARIOですね。特に八幡在住の方はこの傾向が強いようです。これは何故でしょう?
桑原先生の書かれた「西中国山地」という書籍には、刈尾・苅尾・臥龍・臥竜の4つの名前が挙げられています。十方山・恐羅漢山というもっと高い山があるにもかかわらず、明治15年時代には「苅尾」が県内最高峰であると当時の地理書の記録に残っているそうです。・・・その理由も明解に記載してあります。「タタラ製鉄所の存在が多かったこと」等でも証明できるように「人の往来が激しかったこと」です。


僕は、その理由を裏付けるには、あくまで推測ですが・・・八幡や樽床村(現在の聖湖下の旧村名)の開けた土地の存在も大きかったのではと。(平地には当然人が集まりやすいのです。)一方、十方山や恐羅漢山の近くに平野らしい平野は存在していません。そして何と言っても、地理的に臥龍(苅尾)周辺は益田や浜田などの石見地方との交通の要でもあります。

刈尾から苅尾に変更、或いは臥龍から臥竜については「漢字の間違い」、或いは「漢字の簡略化」されたものと推測できますが、苅尾から臥龍に呼称変更になった理由が今ひとつ分かりませんでした。
現在八幡に在住の長老(元役場職員)からその経緯について話を聞くことが出来ました。
元八幡小学校校長により、昭和初期(太平洋戦争以前)に「龍が臥した山」という意味で変更になった様です。
古事記の「大蛇退治伝説」との関わりを八幡と結びつけられて名付けられたようです。

その際に比尻山も聖山へ(聖なる山という意味)、掛津山→掛頭山(龍が頭をもたせかけた山)と同時に呼称変更されたようです。
この大蛇伝説については「当時は、皇国史観の華やかな時代であり、あらゆる事象をこの史観に結びつけて解釈していた。」と桑原先生は著書の中で書いておられます。どうもお袋(昭和10年生まれ)はKARIOとGARYUが混ざってしまってKARYUと発音しているのでは?・・・と僕は思い始めました。・・・ところが、桑原先生の書かれた「西中国山地」をもう一度読み直してみると、1663年に発刊された安芸国でもっとも古い地理書「安芸国郡志」には「狩龍」との記載もあるそうです。これはやはり地元ではKARYUと発音されていたことを表しているようですね。

なお、HP上では、地図上に記載、あるいは道路標識に記載の呼称:”臥龍”を使用しています。(HPを見られた方が、場所を発見しやすいようにしています。)地元の人達のことを考えれば、”苅尾”を使用するのが最善だとは思いますが・・・僕自身、自己矛盾の世界になっているのです。


叔母の話から・・

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10歳の頃、叔母から聞いたのは、広島に原爆が落とされた際、「臥龍山の向こう(八幡側から見れば南方)の空が真っ黒になって、その後、多くの焼けた書類やお札が八幡まで飛んできた。」とのことでした。僕は子供ながらに核兵器の被害の大きさに大変な恐怖心を持ちました。
学校で教わる如何なる平和教育よりもショックでした。平和を望まない市民は誰一人として存在していませんよね。

ブナの鼓動が聞こえる?

つい最近まで、ブナの大木に聴診器を当てると「ボコボコ」とブナの中を流れる水流音が聞こえてくるというのが定説でした。
しかし、最近になってその音はブナの枝を切る風の音や、葉の振動が幹に伝わって聞こえるものと分かってきたようです。
本当はブナの鼓動、すなわち水流である方がロマンティックなのでしょうが・・・。(画像は友人Kさんが音を聴いておられるところです。)

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ブナの偉大さ・・・頂上を極めるだけが
山登りではないのでは。
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頂上を目指す山登りを否定しているわけではありません。その爽快さは筆紙に尽くし堅いでしょう。でも僕は、最近年のせいか、ゆっくりと流れる時間の中で、凛とした空気を味わいたくなってきたのでした。そして、とにかくこの山を年間を通して見守っていきたいと思っています。いろいろな動植物の宝庫であり、希少種の動植物にも出会えました。考え事があると、家族からも離れ、一人こっそりと自然の中に自分を同化させました。

ところで、ブナの森の地面には、片足で踏みつける程の面積に約10億もの生命(微生物)が存在すると言われています。森の中で目を凝らして見れば、巨大なブナとは対象的に、足下には日常生活では気が付かないマクロな世界が広がっています。海にも匹敵するほどの生命の起源を感じるのです。